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こんにちは。ぞうです。

 

「うんこ味のカレー」と「カレー味のうんこ」

 

どちらを食すか?

誰もが経験のあるたわいの無い会話である。

「俺はカレー味のうんこだね」
「馬鹿言え、カレー味でもうんこはうんこなんだぞ!」
こうした会話が今もどこかの小学校でなされているのだろう。

実に単純明快な問い。
そう見えるが、実際はそうでもない。

人間は様々な事象によって影響を受ける。
例えば冷蔵庫の中の食材によってご飯の内容が変わったり、
所持金によってランチのグレードが変わったり、
様々な決定要因によって最終的な選択がなされる。

前述の話でもそうである。
まず第一に、「カレー」という単語。
一般的会話においてカレーは、ご飯の上にカレーがかけられた状態を想像するだろう。
しかしそれは性格には「カレーライス」、または「ライスカレー」という名称であり、
問いのシンプルさゆえに文脈からライスの有無を判断するのは不可能に近い。

第二に、ビジュアル的問題。
双方において、
・どろどろの液状
・一本糞
・トグロ糞
・戸愚呂兄
といった状態が推測される。
液状であった場合では、視覚的にカレーに近く、うんこ味であっても抵抗感が軽減されるが、
皿に一本糞が乗っていてはどうだろうか。
これでは非常に抵抗感がある。ましてや粒粒のコーンとか混じっていたら最悪である。
しかし、トグロでは現実から遊離したビジュアルから、具体的うんこよりも
抽象的うんこのイメージが強く、比較的抵抗感が少ない可能性がある。

第三に、程度の問題。
この問いを言い換えるなら、
「男っぽい女と、女っぽい男、セックスするならどっち」
といえるだろう。
しかし、程度によって最終的選択は大きくことなる。
「ボーイッシュな女の子と、女の子らしい美少年」
であった場合では、多くの男性は前者を選ぶだろう。
「朝青龍みたいな女と、全身整形で女にしか見えない男」
だとしたら、大きく意見が分かれることになるだろう。
前述の問いにおいても程度の問題は同様にあり、
味のみがうんこであるか、匂いも含めうんこなのか、などといった程度により選択は左右される。

以上の三点のように、選択を左右する可能性のある情報が
この問いでは問題の享受者に与えられていない。
つまり出題者と享受者の間に、情報の非対称性が生じている。
情報の非対称性は、モラルハザードや逆選択といった問題が生じやすい。
現代では悪徳商法によって生じる逆選択に対して、クーリング・オフができる。
しかし、クーリング・オフは万能ではない。
使える状況と使えない状況が存在する。

筆者は昔から「うんこ味のカレー」を選択している。
だが、それがうんこに近いうんこ味カレーなのか、カレーに近いうんこ味カレーなのか
これはふたを開けてみないとわからない。
そしてそれがクーリング・オフできるとは限らない。
もし中に入っていたのが、うんこに近いものであったなら、
次のターンにどう行動するべきかを選択しなくてはならない。

短絡的な行動は命取りになる、抜き差しなら無い状況。
自らを滅ぼす選択をしないようにまた選択しなければならない。
選択は選択を生む。
選択スパイラルに陥る状況は、日常でもそう少なくない。

あんたははたして滅びずにいられるのかな?読者・・・
posted by ぞう at 13:43 | 🌁 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
ところでなにがいいたいのかよくわかりませんでした。
Posted by k at 2008年02月24日 20:14
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